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東京高等裁判所 昭和36年(行ナ)154号 判決

原告 株式会社ヤクルト本社

被告 有限会社日本酸乳西部研究所

主文

特許庁が昭和三三年抗告審判第二〇一七号事件について昭和三六年九月一三日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨および原因

原告訴訟代理人は、主文どおりの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、被告は、「スターム」の片仮名を縦書して成り、旧類別第四〇類氷及び清凉飲料類を指定商品として、昭和二九年八月一二日登録出願、昭和三〇年九月二七日登録第四七一一五一号をもつて登録された商標の現在の商標権者であるが、原告はその登録出願前である昭和一〇年以来、右商標と同一の文字の標章を乳酸菌飲料ヤクルトの原液なる商品に使用し、該標章は取引者および需要者の間に広く認識されていたので、前記登録商標をその指定商品に使用するときは商品出所の混同を生ずるので、その登録は旧商標法(昭和三四年法律第一二八号によつて廃止された大正一〇年法律第九九号をいう。以下同じ。)第二条第一項第一一号に違反してされたものであること、その他の事由を主張して、昭和三一年九月一五日、右登録商標の登録無効の審判を請求したが、特許庁は同年審判第四七六号として審理の結果、昭和三三年六月二五日に本件審判請求を却下する旨の審決をした。そこで、原告は同年八月六日これに不服の抗告審判を請求し、同年抗告審判第二〇一七号として特許庁に係属したが、特許庁は、昭和三六年九月一三日にいたつて、原告は右審判請求をするについて利害関係人と認められない、との理由のもとに、本件抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、原告は同年一〇月四日右審決の謄本の送達を受けた。

二、右審決には、次のような違法の点があつて、取り消さるべきである。

(一)  審決は、原告を右審判請求をするについて利害関係人と認められないと判断するにあたつて、原審判(初審)における証人今井義晴の「原液は中間物なので、商品名を付したり大衆に知らせるのは反つてよくないと思つているから、それに商品名を付す必要はないと思う」旨の証言を引いて、原告がその主張の標章を「ヤクルト原液」または乳酸菌飲料等に使用しているという事実を認むるに由ないとしたのであるが、右証言は証人の主観的意見を陳述したまでゞあつて、それがため原告の前記ヤクルト原液なる商品を取引者および需要者が「スターム」と称しないとか、広く取り扱つていないとか、または前記標章を原告が右商品に使用してはいないというような事実を立証するものと速断してはならないのである。

(二)  さらに、審決は、前記今井証人の「主に原液を製造、それを加工してヤクルトとして販売している。その他乳酸菌を利用した清凉飲料及び化粧品の製造販売をしている。」旨の証言を引いて、原告が旧商品類別第四〇類に属する清凉飲料の製造販売を行つている事実を否定したが、前記ヤクルトは乳酸菌を使用するものであるから、前記証言でも原告が清凉飲料および化粧品の製造販売をしていることを十分に知ることを得べきであり、原告はその清凉飲料および化粧品を販売するため数多の登録商標をも受けているのである。したがつて、審決の右判断には事実誤認および理由不備の違法があるといわなくてはならない。

(三)  審決は、本件登録商標の使用により原告が迷惑を受けているとの主張について、なんら具体的事実を明らかにしていない、との理由でこれを排斥しているが、原告は本件登録商標と同一の標章をその製造販売にかゝるヤクルト原液に使用し、また本件登録商標の指定商品である旧類別第四〇類に属する清凉飲料の製造販売を行つているものであり、かつ乳酸飲料と清凉飲料類とが同一店舗において販売されていることを明らかにした以上、本件登録商標の使用によつて原告の被る不利益のすこぶる大きいことは十分に知ることを得べきであるから、審決の右説示は理由不備といわなくてはならない。

(四)  原告は、前記(一)記載の証人今井義晴の証言は証人個人の意見ではないかどうか、また乳酸菌を使用した清凉飲料および化粧品がいかなるものでいかなる標章を使用したかを明確にするため、同証人の尋問を申請したが、審決は単に原審判におけると同一事項にかゝるものであるとの理由で、その必要がないとした。しかし、原告が本件審判請求につき利害関係人であるか否かの争点は、前記の各事実を明らかにしなければ解決できないのであつて、審決が原告の証人尋問申請を排斥したことは不当であるといわなくてはならない。

(五)  原告は、本件登録商標をその指定する商品に使用するときは商品の品質およびその出所につき混同誤認を生ぜしめるから、その登録は旧商標法第二条第一項第一一号の規定に違背してされたものであり、かつ右商標は牛乳の培養基に菌を培養した菌株を意味する文字から成るから、同法第一条第二項に規定する特別顕著性を具備しない、と主張したのであるが、審決は前記のとおり原告が右審判請求をするについての利害関係人たることを否定したため、本案に入つてこれらの原告の主張につき審理判断するにおよばなかつたことは、当然なすべき審理を尽さなかつたというのほかはない。

三、(一) 原告会社は、

一、醗酵乳及び清凉飲料類の製造販売

二、生菌ヤクルトの培養ならびに販売

その他の事項を目的として設立され、とくに右一、二については、昭和一〇年に原告会社の前身である代田保護菌研究所が製造し、代田保護菌普及会がこれを販売した事業を承継して、引続いてその事業を行い、昭和三〇年ごろからはその他の事業をも実施して、大いに実績を挙げ、需要者および取引者において著名であるところ、上記ヤクルト原液はスタームと称して原告が清凉飲料類に使用し、取引者および需要者もさように理解しているから、被告が本件登録商標をその指定商品清凉飲料類に使用して、これを販売するにおいては、商品の出所の混同を生ずることがあり得て、原告の営業上の権利に影響を被ることは自明の理である。したがつて、原告は本件審判請求をする利益を有し、旧商標法第二二条第二項に規定するいわゆる利害関係人に該当することは、明らかである。

(二) 原告は、SUTAMUの羅馬文字を左横書し、その下部に「スターム」の文字を縦書した商標について、旧第四六類獣乳その製品及び模造品を指定商品として、昭和三〇年一一月二八日に登録出願をし、昭和三一年三月二八日に出願公告があつた。これに対して被告から登録異議の申立があり、審理の結果その異議申立は理由がないと決定され、昭和三六年七月一〇日登録第五七七三二一号をもつて登録された。

ところで、右登録商標の指定商品に属する醗酵乳は本件登録商標の指定商品清凉飲料中にもこれを含有しているものがあり、かつ共に同一店舗で取り扱われがちのものである。しかも、原告は原告の右登録商標と同一または類似の商標を被告の本件登録商標の指定商品である清凉飲料類にも使用する現実の希望を有している。

(三) 原告はその製造販売にかゝるヤクルト原液をスタームと称し、これを使用した清凉飲料類もスターム、スタームジユースまたはスターム入りジユースとして取引者、需要者間に広く認識されていたところ、「スターム」の文字について清凉飲料類および乳酸菌飲料を指定商品として商標登録をしたものがあるということを聞知して、ひとまずこれらの商品に「スターム」のレツテルを使用することをやめ、単に前記のとおりヤクルト原液をスタームと称して取り扱うにとゞめたのであつて、前記今井証人の証言はこの事情を反映するものというべきである。

ところが、よく調査してみると、旧第四六類獣乳その製品及びその模造品(醗酵乳をも包含する。)についてはまだ商標登録がないことが判明したので、前記の原告登録商標の登録出願に及んだものである。

(四) 本件被告の商標登録出願がされた昭和二九年七月当時の原告のヤクルト原液スタームの製造販売の数量は毎月二〇〇〇缶(一斗入)であつて、これは稀釈されて末端で販売されるヤクルトとして毎日三〇万本に該当する。また、その登録査定の昭和三〇年七月ごろまでには毎月四〇〇〇缶(一斗入)に達し、そのヤクルトとして末端で販売されるのは毎日六〇万本に該当する。現在ではスターム毎月七万五〇〇〇缶(一斗入)で、ヤクルトとして末端で販売される数量は一億五〇〇〇万本である。終始業界のトツプクラスに位置しているのである。

(五) 被告の本件登録商標は氷及び清凉飲料類を指定商品とするものなので、原告が前記商標の登録をした以上、被告はもはや自己の商標を原告商標の指定商品である乳酸菌飲料に使用することができないにもかゝわらず、右商標をその製造販売にかゝる乳酸菌飲料に使用している。

かような次第で、原告が本件商標登録無効審判請求につき旧商標法第二二条第二項の規定する利害関係人であることは、明らかであり、これを否定した本件審決は事実誤認の違法があるといわなくてはならない。

よつて、本件審決の取消を求める。

第二被告の答弁

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、被告が原告主張の登録商標権者であるところ、原告からその主張のとおり右商標の登録無効審判の請求があり、その却下の審決に対する抗告審判においても、原告主張の日にその主張のとおりの理由で右抗告審判請求は成り立たない、との審決があり、原告主張の日にその審決の謄本が原告に送達されたことは認める。

二、原告は、審決が原告を前記無効審判を請求するにつき旧商標法第二二条第二項に定める利害関係人たり得ないとした点につき、るゝ主張するところがあるが、被告は審決に説示したと同じ理由で、原告の右主張を争う。

原告は、また特許庁においてその申請の証人今井義晴の尋問を採用しなかつたことを非難しているが、右証人の尋問事項によればすでに尋問を経たと同一事項について同一証人を再度尋問することになるので、その必要なしとした審決の態度はまことに至当なものというべきである。

その他の原告の主張はすべて争う。

三、要するに本件審決は正当であつて、これが取消の理由たるべき何らの瑕疵はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、被告が原告主張の登録商標権者であることおよび原告からその主張のとおりこれに対する登録無効の審判請求があり、その請求を却下する旨の審決に対して抗告審判の請求をもしたが、特許庁は原告を右無効審判請求につき旧商標法第二二条第二項に規定する利害関係人と認められないとして、原告主張の日に右抗告審判の請求は成り立たない、との審決をし、その謄本が原告主張の日に原告に送達されたことについては、当事者間に争がない。

成立に争のない甲第四号証(審決書謄本)によれば、前記抗告審判の審決は、原告がその主張のように本件登録商標と同一の「スターム」なる文字から成る標章をその主張の「ヤクルト原液」なる商品または乳酸菌飲料等に使用しているという事実も、原告が旧商品類別第四〇類に属する清涼飲料類の製造販売を行つているという事実も、ともにこれを肯認するに足りず、本件登録商標の使用により迷惑を受けているという点についてもなんら具体的事実を明らかにしていないから、原告を本件審判を請求するについて利害関係を有するものとは認め得ない、としたものであることが明らかである。

二、成立に争のない甲第六号証(登記簿謄本)、第九号証(ヤクルト新聞)、乙第一号証(特許庁における証人今井義晴の尋問調書)に証人今井義晴の証言を併せ考えるときは、次の事実を認めることができる。

原告会社は、

一、醗酵乳及び清涼飲料類の製造販売

二、生菌ヤクルトの培養ならびに販売

その他の事業を営むことを目的として昭和三〇年四月に設立され、現実には、各工場で生産した乳酸飲料ヤクルトの原液を一手に買い上げたうえ、これを末端販売業者に売り、各販売業者において右原液を稀釈してヤクルトとして各消費者に販売するという業態をとつているのであるが、原告会社からヤクルトの小売業者に売りわたす右ヤクルト原液は、「スタム」あるいは「スターム」と称しており、おそくも本件審判当時、原告はやがて製造販売すべき清涼飲料にも「スターム」なる商標を附して販売したい希望をもつていたが、被告が「スターム」の文字より成る本件商標につき、氷および清涼飲料類を指定商品として登録を得ているため、そのことを差しひかえている。

このように認めることができる。

ところで、清涼飲料とは、飲んで清涼味を感ずる飲料で、とくに炭酸または有機酸を含有し、酸味を有するもののことをいうので、旧商標法施行規則(大正一〇年農商務省令第三六号)第一五条に例示されている曹達水、「ラムネ」、「サイダー」、果実「シロツプ」の類がそれであるが、前記ヤクルトのごとき乳酸飲料も亦清涼飲料の一種であるとするのが相当である。前記認定事実によれば、原告は右清涼飲料の原液を販売しているもので、また清涼飲料自体の製造販売を意図し、少なくともそのことをも事業目的の一として成立している会社であることが明らかである。

前記乙第一号証中に、特許庁における証人今井義晴の証言として、「原液は中間物なので商品名を付したりして大衆に知らせるのは反つてよくないと思つているから、それに商品名を付す必要はないと思う。」との記載があることも、当裁判所における同証人の証言を参酌すれば、被告の本件登録商標の存在することを顧慮し、証人としては前記「スタム」、「スターム」の名称の使用を自重したいという意見を述べたに過ぎないことがうかがわれるから、これをもつて前記認定をくつがえすには足りず、その他前記認定を左右するに足る証拠がない。

三、元来、登録した商標は対世的効力を有するので、その反面、無効原因を包蔵する商標登録は何人よりもその無効を主張させてしかるべきであるが、法的安定の要請上、右商標の存在により全然何の痛痒をも感じない路傍の人にまでその効力にくちばしを容れさせることは適当でないとの考慮のもとに、その登録無効審判を請求することができるものの資格を制限したのが、旧商標法第二二条第二項の法意であると考うべきであるから、原告会社がその事業目的として本件登録商標の指定商品である清涼飲料類の製造販売を掲げているのみでなく、現実にその原液を販売して小売店にこれを稀釈した清涼飲料を販売させており、しかも自らも清涼飲料類製造販売の意図を有していること、前記認定のとおりである以上、原告は本件登録商標の無効審判を請求するにつき、前記法条に規定する利害関係人であることの要件を具備していると解するのが相当である。

四、本件無効審判においては、よろしく本案に入つて本件登録商標が原告の主張するような無効事由を包蔵するものであるかどうかについて審理判断すべきであつたにかゝわらず、原告に右無効審判を請求し得べき利害関係人たる適格がないとして、原告の右審判請求を却下した原審決を維持した本件抗告審判の審決は違法であつて、とうてい取消をまぬがれない。

よつて、原告の主張する原告の登録商標の存在その他前記認定以外の事実につき判断するまでもなく、前記審決の取消を求める原告の請求を理由ありとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 関根小郷 入山実 荒木秀一)

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